ギリシャ、セルビア・モンテネグロおよびコソボ公務出張報告 2

2006年05月09日

 ギリシャ、セルビア・モンテネグロおよびコソボ公務出張報告の2日目、セルビア・モンテネグロ共和国です。

■5月4日■
 早暁午前6時半にはテッサロニキを発ち、ミュンヘンで乗り換え、セルビア・モンテネグロの首都ベオグラードに到着したときにはすでに正午を回っていました。
 車窓から市街地に目をやると、1999年のNATO空爆の傷の残る建物がまだ多くあります。橋の上に並べられた鮮やかな花束が目にとまったのですが、バスが爆撃され多くの市民が犠牲になった場所とのこと、いつも犠牲になるのは一般市民であることに悲しくなりました。

 到着後早速、大統領、続いて首相と会談しました。
 ①EUとの交渉が決裂したのは残念。国際ユーゴ法廷への義務を履行し、EUとの協議再開を努力してほしい ②コソボのセルビア少数民族がコミュニティ・ビルディングに積極的に参加するよう促す努力をしてほしい と指摘した上で、この後のコソボ訪問で、コソボ大統領に、セルビア系少数民族の保護、行動の自由、文化財の保護等を要請することを伝えました。
 2人とも大変率直な人柄で、セルビアの国際的状況を良く理解しており、私の提案をきちんと聞いて賛意を表してくれました。

 その後、外務省高官とも、コソボ問題などについて意見交換しました。
 コソボはセルビア正教のメッカで、歴史的な建造物が多くあります。しかし、コソボのアルバニア系多数派はイスラム教で、キリスト教徒もいるもののセルビア正教は少数派。セルビア人だけでなく人類の遺産としての価値ある歴史的建造物ですが、報復破壊の憂慮がもたれています。これらの宗教的建造物に関してはユネスコの松浦理事長が世界遺産登録リストに加えるべく奔走しているものもあることも承知していたので、その保護に関してもコソボ暫定自治政府に伝える旨、伝えました。
 外務省高官とは、モンテネグロ独立に関する意見交換もしました。
 実は、6月にモンテネグロで独立に関する住民投票が行われます。55%以上の賛成があれば、独立することになります。
 その場合、旧ユーゴスラビアを構成していた各国は、1991年のスロベニア独立を皮切りに内戦を繰り返したわけですが、最終的に、スロベニア、マケドニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、セルビアの6カ国に分かれることになるわけです。
 「7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字を持つ、1つの国」といわれた旧ユーゴスラビアだけに、様々な問題が山積しています。たとえば、セルビア人国家の中でアルバニア人は少数民族で迫害されているということで米国中心のNATO軍が空爆したわけですが、コソボに暫定政権を樹立し、国連がUNMIKを駐留させている現在、コソボ地区においては多数派アルバニア人が少数派セルビア人に報復迫害するなどセルビア人居住地区での暮らしに不自由をきたしている部分もあるといいます。
 まだまだ楽観視できる状況ではありませんが、日本が行っている様々な援助や国際活動が、悲しい内戦を終え、平和な新しい国々としてスタートを切った西バルカン半島の未来に光が差す一助になればと願っています。

 翌5日は、コソボに向かいます。

Akiko Yamanaka : この記事の固定リンク