「イラン招待出張(8月11日ー14日)」

2008年08月14日

イランの変化(8月11日)
以前から、イランの大学や女性団体で講演してほしいとの依頼を頂いておりましたが、高村外務大臣からも是非行ってきて欲しいとのご意向を受け、中1日半という短い滞在でしたが、行って来ました。
実は、最初にイランを訪れたのは、2004年に英国の貴族院議員のバロネス・ニコルソン女史が、AMARというイラクとイランの湿原地帯の教育と医療の援助をする慈善団体を永年なさっており、イランのイラク難民の視察に招かれた時でした。
その頃、私は国連大学におりました。英国のニコルソン議員のアシスタント、AMARイラン所長、イラン人医師、イラク人医師と5人で、一番旧い難民キャンプと一番新しい難民キャンプを視察しました。
今回、先ず驚いたのは、空港が真新しく、前回のような街中の雑然とした空港とは全く変わってしまっていた事でした。テヘラン郊外に新設された空港からはこれまた新設されたハイウェイを1時間ほどひた走り、ホテルに到着したのが午前2時ごろでした。
ホテルも近代化されていました。何となく、経済は悪くないのだなと感じました。


「ヌーリー大統領顧問兼女性・家族センター所長との会談」(8月12日)
有能な女性です。日本に対しては、長い歴史や伝統文化があること、そして、日本は被爆国であり、イランもイラン・イラク戦争で大量の化学兵器が使われ、今も後遺症に悩んでいる人が大勢いるなど3点を共通点と考えているようです。
そして、是非、日本と平和と女性に関して、特にNGOの交流をしたいとの希望をのべていたました。
ペルシャとアラブであり、8年もの戦争をしたイラクとイランが仲直りするのに、日本が手助けして上げられれば、それこそ、平和協力国家としての日本の存在感が増すだろうと思います。

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ヌーリー大統領顧問兼女性・家族センター所長と

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「女性国会議員との意見交換会」(8月12日)
イランは一員制ですが、8人の女性国会議員がいます。大都市であるテヘラン選出の方が多いようです。女性問題や教育問題の専門家が多いのですが、エネルギー問題には強い関心をもっておられました。また、日本ライン友好議員連盟のメンバーからは、両国にとって有効な活動をしたいとの希望がだされました。

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女性国会議員との意見交換会


「国立宝石博物館」(8月12日)
ここはどうしてもイラン側が見て欲しいとの希望で訪れました。日本からは2つのツアーグループが訪れていました。
金銀財宝がザックザックという言葉が当てはまるほど、ペルシャの王朝から最後のパーレビ国王までの、世界各国からの財宝が展示され、さながら、その博物館全部が金庫のような厳重な管理の下に置かれていました。圧巻は、大きな地球儀が陸はルビー、海はエメラルドでできており、ちゃんと日本もありました。

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誇り高きマインドセットの源を垣間見た気がしました。
また、50年前に国際結婚して、今も、イランで日本からの訪問者のお手伝いをしている女性に出会いました。70年代にビザなし渡航で多くのイラン人男性が日本で就労しましたが、その時の縁で、かなり多くの日本女性が、国際結婚しイランに居住しています。
言葉も、宗教も異なる国ですが、日本人妻たちが、幸せでいて欲しいものです。

「女性・平和関連のNGO諸団体会議で講演」(8月12日)
女性のNGOの方々が、安全保障、エネルギー問題、核問題に関する会議を開いていました。3時間の予定です。
私は「民主化における女性の役割」というスピーチを致しました。質問が続出し、時間がたりないほどでした。

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この講演を聞いた、テレビのパーソナリティが翌日の生放送に一時間出演して欲しいとの申し出がありました。残念ながら、日程が一杯でどうにもなりませんでしたので、「ネックスト・タイム!」ということにいたしました。


「モッタキ外務大臣との会談」(8月12日)
各国に派遣している大使が全員集まる外務省の大事な会議の日程であったので、15分ほど高村外務大臣からのメッセージをお届けするということでしたが、実際は、その他のいろいろな問題も話し合い、結局1時間余りの会談となりました。その中で、米国との和解も視野に入れた外交戦略を描いていることがわかりました。
日本は米国とも同盟関係にあり、また、イランとも長年の信頼関係にありますので、その双方の和解に貢献できるかもしれません。これこそ、日本の国際交渉力の発揮のチャンスでしょう。

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モッタキ外務大臣と


「ナザリ外相顧問兼国際女性・人権局長主催夕食会」(8月12日)
女性だけの主席者での、胸襟を開いた意見交換が行われました。ナザリ顧問は、大変知的でスマートな薬学博士です。食前酒は猫柳の蒸留水という爽やかで胃腸に良い飲み物でした。バーブとして、猫柳が使用されているのには、ちょっとびっくりしました。
家庭を大事にするという発想を日本と共有できると同席の女性副大臣が言っていましたが、日本の家庭は大丈夫でしょうか?
日本の女性とイランの女性が一緒に、イラクの女性の支援をするという構想も発案されました。
また、平和の実現のために、女性が果たす役割ということも話し合いました。
日程がずれ込んで、夕食は9時からでしたので、ホテルに戻ったのが11時過ぎでした。

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ナザリ外相顧問兼国際女性・人権局長と


「伝統工芸博物館」(8月13日)
ペルシャ絨毯やモスクのタイルや陶器、象嵌、楽器、家具などのマイスター達が、それぞれの工程を見せる展示場です。広大なイランの各民族の衣装も展示されていました。
とりわけ、ルーブル博物館に所蔵されている絹織物の再現をしており、コンピューターではなく人間の手で模様を操る魔法のような製作過程は圧巻でした。
ここも、イランが誇る博物館です。

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磁器づくりのマイスターと

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彫金のマイスターと

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イラン各地域の民族衣装が並ぶ中で

「アル・ザハラ大学」(8月13日)
最高レベルの女子大学で、学長以下優秀な学者が出席し、意見交換をしました。
特に、平和構築の人材育成に関して、とても強い関心があり、今後も連携をとることになりました。
この大学は、核開発やクローン医学などの分野に優秀な女性研究家を輩出しているとのことでした。
女子大学は、女性のリーダーを輩出する機会をより多く与えられるという意味で、存在価値があることも強調されました。

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「ROYAN視察」(8月13日)
イランで最高レベルの医科学研究所です。部長はじめ、女性の幹部がずらっと出席しました。クローン技術のビデオをみましたが、日程が詰り過ぎて、実際の実験場を視察することができませんでした。せっかく準備していてくれたようですが、当初2時間の予定が30分に短縮しました。
いずれにせよ、頑張る女性達がイランにも大勢いることがわかりました。特に科学技術や医学の分野での女性の活躍ぶりは目を見張るものがあります。
庶民とエリートの差が日本より遥かに大きいのではないかと感じました。

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「テヘラン大学」(8月13日)
学部長は米国のジョン・エフ・ケネディ高校を卒業し、ロンドン大学で博士号を取得した国際派で、非常に楽しく理解も深い方でした。平和協力・平和構築の講演を学生に聞かせたいとの要望でした。今回は、夏休みでしたので、教授陣と意見交換のような形になりましたが、イランの若者に、直接平和協力・平和構築について話せる機会は大事ですので、お引き受けしました。

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「共同通信社からの取材」(8月13日)
現地レポーターの女性記者からのインタビューを受け、イランの女性の今後の社会進出へのアドバイスなど、私の母として、大学人として、そして、国会議員としての経験から何点かアドバイス致しました。


「帰路」(8月13日-14日)
帰りは北京経由でした。北京までは満員でしたが、北京から東京の間はがらがらになりました。
行きは、ソウル経由でしたが、やはり、ソウルからテヘランの間は満席でした。
だんだん東京が薄くならないように、良い縁をつなげ、イランが国際社会で信頼される国として連携できるよう願います。

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