2008年09月24日
衆議院と参議院の首班指名を経て、正式に麻生太郎総理が誕生しました。初仕事が国連総会でのスピーチということで、外交に強い総理としてのデビューとなりました。
これからリーダーシップを発揮して、着実で前向きな日本を築いていかれる事をねがっています。
麻生太郎総理とのご縁は英国抜きには語れません。
私がオックスフォード大学に居りました2005年5月に、日本人の大臣として始めておオックスフォード大学で講演をしてくださったのです。その時は、前日打ち合わせをしただけで、原稿なしで30分のアドリブを入れたスピーチでした。大変好評でした。中国や韓国の留学生からも厳しい質問が飛びましたが、麻生太郎総務大臣(当事)は、臆することなく日本の国益に立脚した持論を展開し、見事な討論となりました。
特に印象的だったのは、若い頃、日本大使館もないシェラレオーネのダイヤモンド鉱山に2年間、社長として滞在し、欧米とは違う日本的な経営方法で、従業員と近隣の住民をすっかり纏めて、安全な操業を行ったビジネスリーダーとしての手腕を披瀝して、紛争・戦争の予防や停止に対しての強い意欲でした。
ロンドンでは、在住の日本人の方々と気さくに話され、出席者が身近な印象になったと喜び、ファンが増えたと思います。また、日英協会主催の若者達の野外イベントにも出席し、日本の大臣として、好評を博しました。
その後、外務大臣になられ、私は政務官としてお支えしました。
根室沖の銃撃拿捕事件で、国後島へご遺体を引き取りに行きました時には、「大丈夫か?頑張れ!」と無線で励ましてくださり、後に、「こういう厳しい任務は、女性であり母であるYAMANAKA AKIKOなら出来ると思って指名した」とおっしゃってくださったことも印象的です。
特に、平和構築の人材育成を日本がアジアの平和と安定のためのイニシャティブを取るという私の提案を「寺子屋」と名づけて、全面的に支持してくださり、現在の広島大学でのパイロット事業が開始できたのです。総理として、本格的なプロジェクトを外交の柱に据えて、平和国家日本のプレゼンスを高めて頂きたいと願って居ります。アジアと日本の若者が共に英語で座学を学び、その後、紛争地域への実践的研修を行うプロジェクトは、将来のアジアの平和と安定に貢献し、同時に、国連の平和構築委員会を補完する役割も果たせるものと確信しております。
少し、型破りでも、日本をどんどん元気にして頂きたいと思います。勿論、高齢者や子ども、そして社会的弱者に対する温かい視点を忘れずに。
Akiko Yamanaka : この記事の固定リンク


